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硫黄島に散らばる「上陸用舟艇の残骸」の正体 [スポット]



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小笠原諸島の南端(行政区分上は東京都小笠原村)に位置する硫黄島(いおうとう)千鳥ヶ浜の海岸に沈む、複数の舟艇。

硫黄島は、太平洋戦争時に日本軍の戦死者20,129名(損耗率96%で玉砕)、アメリカ軍の戦死者6,821名、負傷者21,865名という犠牲者が出た大激戦の地(WIKI:硫黄島の戦い)。


アメリカ軍は摺鉢山(WIKI:摺鉢山)の重砲陣地に対して「ネバダ」より艦砲射撃を行い、主要な火砲はほぼ戦力を消失。

あるアメリカ兵が「俺達用の日本兵は残っているのか?」と、戦友に尋ねたというエピソード(散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道)があるが、その後の上陸作戦においてアメリカ軍の損害実数(戦死者と負傷者の合計)が、日本軍を上回る唯一の壮絶な戦闘が行われた。

 

第二次世界大戦終戦後、米国の施政権下となったが、1968年6月26日、日本に返還。現在は自衛隊の基地として、約400名が駐屯している。

基地業務、気象業務、災害派遣(急患輸送)業務の他、日米安全保障条約に基づき滑走路等を米軍と共同で使用。夜間離発着訓練(NLP)の演習地でもある。

 

 

上記の舟艇の残骸は、一部のサイトで、「米軍の上陸用舟艇の残骸」と紹介されているが、戦史上の上陸作戦は東海岸であり、残骸のある千鳥ヶ浜(西海岸)には「昭和20年2月29日23時15分、アメリカ軍守備隊の38名が舟艇で千鳥ヶ浜から斬り込み、全員戦死。」という記録があるのみで航空写真の残骸の規模とは合わない。

戦後に米軍が簡易的な港をつくる為に、海底に沈めた「コンクリート船の一部」であるという説が有力。

 

追記:現役海上自衛官の方のウェブサイト「硫黄島勤務体験記」のコーナー「硫黄島での勤務について」によると「米軍が硫黄島占領後に桟橋を構築しようとした場所で、コンクリート船を爆破して沈め、桟橋を造ろうとしたそうなのだが、硫黄島自体が活火山であるため、隆 起現象が著しく計画通り作業ができなくなり諦めた」との事。

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